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英語との出会い - その2

  • 執筆者の写真: Hiroshi "Jonny" UEMATSU
    Hiroshi "Jonny" UEMATSU
  • 3月3日
  • 読了時間: 2分

半年ほど経った頃、父が夕飯時に再び来客を連れて帰ってきました。何と、またしても青い目の方でした。もう、大慌てです。とにかくしっかり挨拶しなければ、と意気込んで、「夜だし"Good evening"と言えばなんとかなるか」、と口を開こうとしたその瞬間、「こんばんは。夜分に申し訳ございません」と、お客様がとても流暢な日本語でご挨拶されたのです。


私はもう訳が分からなくなってしまいました。外国の人はみんなこんなに日本語が上手いのか!?。あり得ない!という思いと、自分の目の前にある現実の間で、「いらっしゃいませ」が何とか言えたかどうか・・そんな記憶です。当時、父は東京に通っていて、帰りの新幹線の中で知り合い、意気投合してそのままお連れした、ということだったのですが、いくら社交的な父とは言え、知り合ったその日に自宅に招くという行動に只々驚くばかりでした。


聞けば、東京オリンピック(1964)の射撃競技のエジプト代表選手として来日し、以来2年ほど小田原に住んでいる、とのことでした。「エジプト?」。当時8歳になっていた私は、アメリカ、イギリス、ドイツ、フランスなど、欧米諸国については大凡の位置や話されている言語などについて知っていましたが、「エジプト」と聞いて、何かとてつもなく遠い国のように感じたのを覚えています。中東やアフリカに関する知識はまだまだでした。


「古代エジプト文明」「ピラミッド」「ナイル川」。エジプトから連想できた3つの言葉がだけが頼りでした。どんな話になるのだろう・・と興味津々でした。幸い日本語が中心の会話だったので理解できました。お客様の名はアラジン・タイムール(Alladin Timur)。エジプトの空軍大佐、つまり軍人です。柔道、空手、杖術など日本の武道にも精通し、なんと7ヶ国語を操るという言語の達人でもありました。東京オリンピックには本来は柔道で出場するはずが、怪我でやむなく射撃となったそうなのですが、「格闘技も射撃もOK」「さすがは軍人だなぁ」と感心するしかありませんでした。


話題は徐々に私のことに移っていきました。「小学校3年生、野球少年、最近英語に興味をもち始め『英語を習いたい』と言っている」云々。父が話していました。なんだかとても緊張してきました。ドキドキしながら話を聞いていると、アラジンさんが私の方を向き「ひろし君、英語習ってみる?」と貫禄十分の笑顔で私に話しかけてきたのです。「え、まさか!いよいよか!・・」。続きはまた次回のブログで。

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